福岡高等裁判所 昭和25年(つ)57号 判決 1951年4月26日
被告人
赤塚正臣 外八名
弁護人
作元勝胤
検察官
坂本杢次
松本成関与
主文
被告人等は、いずれも無罪。
理由
本件公訴事実の要旨は、
被告人赤塚正臣は、日本発送電株式会社支店線路課に籍を有し、昭和二十三年六月から日本電気産業労働組合(以下電産と略称する)福岡県支部の執行委員長
被告人源城幸生は、九州配電株式会社本店配電課に籍を有し、同年五月頃から電産福岡県支部の副執行委員長
被告人平原信孝は、同会社福岡支店送電課に籍を有し、同年六月から電産福岡県支部の執行委員兼書記長
被告人立木平次は、右会社西新営業所に籍を有し、同年六月から電産福岡県支部の執行委員
被告人藤木敏男は、日本発送電株式会社港発電所に籍を有し、同年六月から電産福岡県支部の執行委員
被告人牧明は、右会社戸畑発電所汽機課に籍を有し、同年八月から電産福岡県支部の執行委員
被告人森田牧蔵は、九州配電株式会社大牟田営業所に籍を有し、同年九月から電産大牟田分会執行委員長
被告人清原永は、右会社大牟田営業所に籍を有し、同年十月から電産大牟田分会副執行委員長
被告人河口吏人は、右会社大牟田営業所に籍を有し、同年十月から電産大牟田分会執行委員
としてそれぞれ右福岡県支部及び大牟田分会の業務に専従していたものであるが、被告人等の所属している電産は昭和二十二年夏頃から電気事業経営者会議(以下経営者側と略称する)に対し、(一)電気事業民主化の具体的実現、(二)生活費を基準とする最低賃金獲得のための賃金スライドアツプ、(三)統一労働協約の締結等の要求をして闘争に入り、同年九月経営者側と共にその要求項目を掲げて、中央労働委員会(以下中労委と略称する)に調停申請をなし、同年十二月中労委から提示された調停案に基づき交渉を重ねた末、昭和二十三年三月二十五日要求事項全部に亘つて仮協定が成立して一応争議は妥結したので、直ちに争議行為に訴える権利は消滅したにも拘らず経営者側に於て仮協定特に七月以降の賃金スライドアツプを実施しないのは一方的協約破棄行為であるとの理由で、昭和二十二年十月二十日獲得した争議権の存続を主張し、昭和二十三年五月上諏訪における電産中央大会に於て決定した地域闘争の方針によるものとして同年八月以降各地に於て停電ストライキ・サボタージ等を敢行し、一面電産福岡県支部に於ても同年七月七日福岡県地方労働委員会(以下地労委と略称する)に対し、(一)生活費を基準とする最低賃金制確立の件、(二)、生活費を基準とする七月分最低賃金即時支給の件、(三)調整金即時支給の件、(四)基準法の完全実施の件等の要求事項に関し調停申請をなしたが、地労委に於て中労委で解決すべき事項が含まれているとの理由で労働関係調整法所定の決議を留保したため、電産中央本部の動きを静観中、同年九月十七日政府に於て中労委に対し強制調停を申請し、しかも同月二十一日から二日間に亘り鹿児島県霧島に於て行われた電産九州地方代議員会で決定した電産九州地方本部の統一闘争の方針を次期電産中央大会で採用されるまで遵守する必要なしと一蹴し、同年十月七日頃から傘下の大牟田分会、戸畑分会等に於て停電ストライキを決行し、その主謀者の一部が検挙されるや、
第一、被告人赤塚・源城・平原・立木・藤木・牧の六名は、同月十三日から翌十四日にかけて福岡市薬院大通り電産福岡県支部に於て開催された常任執行委員会の席上、外十数名と不当弾圧に対する抗議ストライキを含めて進駐軍関係、保安関係の一部を除き、福岡県下一齊に全面的停電を実行闘争せんことを謀議し、同月十四日傘下の二十五分会に対し緊急シブ・サクラ・ツバメ四号と題し、
(一) 大牟田分会森田委員長は十月十三日朝、戸畑発電所銅山・成田両委員は十四日朝、官憲のため不法検束された。
(二) 支部はサクラ・ツバメ二号に基づき次のことを指令する。
(イ) 十五日シブ折鶴停電スト、A・B・Dを除き十八時より二十時まで、
(ロ) 十六日シブ山バト停電スト、A・B・Dを除き九時より十五時まで、シブ折鶴停電スト、A・B・Dを除き十八時より二十時まで、
(ハ) 但し山バト停電ストの際西鉄電車線は除外す、
(ニ) 各分会は承認済みの十五日・十六日のスト行為は実施せよ、
(三) 各分会は即時職場放棄をなし、抗議ストの徹底のため全力を振つて対外宣伝を併せ行え、
等の記載をなした指令を流し、組合員横尾高利外数十名をしてその指令により福岡県筑紫郡南畑発電所他数十個の発電所・変電所の接続問・スヰツチ等を同月十五日十八時頃、翌十六日九時頃及び十八時頃の三回に亘り切断せしめて、十月十五日十八時より二十時まで、翌十六日も同様進駐軍関係・保安関係の一部を除き一般需要家に対する電気の供給を福岡県下一齊に全面的に停止した外、同月十七日九時より十五時まで動力線需要者に対する電気の供給を前同様の範囲に停止し、以て電気の供給を妨害し、
第二、
(一) 被告人森田収蔵は、公益事業である電気事業の関係当事者に於ては、労働関係調整法第十八条第一項第五号に基づき昭和二十三年九月十七日政府より中労委に対して為された強制調停の請求により、同日より三十日を経過した後でなければ争議行為を為すことはできないのに拘らず、同年十月六日前記支部の闘争指令第一号に基づき大牟田市不知火町二丁目九州配電株式会社大牟田営業所内の前記分会内に於て、該分会役員十数名と数回に亘りストライキ対策を協議の上ストライキ計画を決定し、翌七日組合員大会に諮りその承認を得た上自己の責任のもとに、
(1) 同年十月八日午後八時より五分間専用線・燈台線・電車線を除く全線の停電ストライキ、
(2) 同月九日零時より四十八時間の野放送電ストライキ、
(3) 同月十一日午前八時三十分より同十二時まで専用線の停電ストライキ(但し当日の午前中は三級制限による休電日)、
(4) 同日午前十一時より二十分間大牟田市内電車線の停電ストライキ、
をそれぞれ敢行し、
(二) 被告人清原永同河口吏人は、その指導のもとに、
(5) 同月十五日午後四時四十分より二十分間市内電車線の停電ストライキ
(6) 同日午後四時三十分より一時間不知火専用線の停電ストライキ
(7) 同日午後六時より二時間一般電燈線の停電ストライキ
を敢行し
以てそれぞれ電気の供給を妨害したものである。
と謂うのである。
よつて審案してみるのに、被告人等の当法定における各供述及びその他の後記証拠資料によれば、被告人等が検察官主張のような身分及び地位を有する電産専従職員であつたこと、被告人等が検察官主張日時その主張のような電気供給停止もしくは野放送電の挙に及んだことは、いずれもこれを認めることができるから、右被告人等の行為が所謂電産争議行為と関連していかに判断せられるべきかが、被告人等の刑事責任の有無を決する中心点である。そこで以下第一、所謂電産争議の経過について、第二、労働関係調整法第三十七条違反の争議行為か、第三、被告人等の為した前記電気供給停止等の行為は争議手段として正当な行為かの順序に従つて当裁判所の判断を示すこととする。
第一 所謂電産争議の経過について
この点に関する認定資料は、中央労働時報第六十号(昭和二十三年五月五日発行)及び同第八十二号(昭和二十三年十二月十五日発行)の記載のほか原審福岡地方裁判所判決に記されているところと同一であるから、ここにこれを引用する。右によれば、
電産は昭和二十二年五月京都大会に於て結成された単一労働組合であるが、その前身である電気産業労働組会協議会は、昭和二十一年九月、(一) 電気事業の民主化、(二) 賃金スライド制、(三) 退職金等に関する要求を掲げて会社側と第一次争議に入り、会社側(日本発送電株式会社及び北海道・東北・関東・中部・北陸・関西・中国・四国・九州の各配電株式会社の十社側)はその代表団を以て臨時の交渉機関として発送配電会社首脳者団を組織してこれにあたり折衝を重ねた結果同年十一月三十日当事者間に(一)、電気事業民主化の基本原則につき意見一致し、これが実現のため双方誠実なる努力をなすことを約し、速かに協議会を設置して具体案を協議決定すること、(二)、給与制度は生活費を基準とする賃金制であるから、生活費の変動に応じてスライドすべきものであることを認めること、(三)、退職手当は双方において特別委員会を作り協議決定すること、等を主要な内容とする仮協定が成立し、次で同年十二月二十二日同趣旨の本協定の成立をみたのであるが、右仮協定成立後も組合側の闘争態勢は依然として保持せられ事務ストライキは継続していたところ、右本協定の正式調印の前日「争議解決に関する覚書」が交換され、ここに右ストライキは全面的に解除された。その後電気産業労働組合協議会は前記のように昭和二十二年五月電産となり、発送配電会社首脳者団も同年七月電気事業経営者会議に発展し、両当事者は右第一次争議の成果である本協定の電気事業民主化の基本原則及び賃金スライド制について、むしろ原制を確認したに止まりその解決は後日に残された問題であつたので、これから懸案の解決に大いに努力し、一方労組側の電産は前記懸案の民主化及び賃金スライド制の問題に併せて単一労働協約の締結を前記二十二年五月の京都大会の結果によつて追加し、その後右三大項目を掲げて経営者側と折衝を続けたのであるが当時の独占禁止法・政府の物価対策その他の外部的難関に逢着し、当事者間のみではその解決が困難視されるようになり、同年八月長岡大会に於て闘争態勢を確立すべき決議が行はれ、同年九月十九日電産は右三大項目その他四項目に亘つて労働関係調整法第十八条第一項第三号に基づき中労委に対し調停の申請をし、経営者側も亦これに続いて更に二項目を加えて提訴するに至つたのである。
かくて第二次争議に入り電産は右調停申請の日から法定期間の三十日を経過した同年十月二十日以降直ちに争議行為に訴え得る権利を取得した。
中労委に於ては電産調停委員会を設け、右提訴事項のうちその骨子となしている電気事業の民主化・賃金スライド制の即時実施・労働協約締結の三大項目について慎重審議を行い、同年十二月十九日調停案を作成しこれを両当事者に提示し、翌年一月十日までの回答期限を附して受諾するか否かを求めた。然しながら電気事業の民主化問題は企業形態の根本に関する問題であり、又賃金スライド制の実施も電力料金・当時の政府の物価政策・金融政策等と関連した問題であつて、右三大項目のいずれもが当時の日本経済の根幹を揺り動かす程の重要問題であつたため両当事者共右調停案の検討に時日を要し、回答期限の十日になつても容易に進展しなかつた。そして一月暫定給与が電産従業員にとつてはさしせまつた問題となり、且右調停案においては一月の基準賃金は消費者価格指数の推移に各種事情を参酌して決定することとし、一月の基準賃金を五千三百五十八円(税込)と算定し、一月以降右方法によつて三箇月毎に賃金を改訂すべき旨指示されていたので、電産側としては一月暫定給与に関する交渉において少くとも右調停案の示している五千三百五十八円の線を予想していたのに、経営者側はこれより遙かに低い額の支給を通告し、右調停案に対する回答としても電産側は大局的見地から受諾する用意ある旨を回答したのに対し、経営者側は昭和二十三年一月三十一日受諾し難い旨を回答し、賃金スライド制実施は電気料改訂まで留保すると言明したので、電産の態度は硬化し状勢は愈々険悪化したのである。
そこで中労委末弘会長は、二月二日双方に対し一月の暫定措置について調停案とは別個に個人的斡旋に乗出す旨を通知し、同月四日経営者側は正式に斡旋を依頼、又電産側も同月六日会長の斡旋に異存はない旨を通告したので、末弘会長は関係当局並びに両当事者と折衝を重ね二月十四日に至り双方に対し、(一)、組合の要求である調停案に示された賃金支払いは無理であること、(二)、会社は新賃金が本格的に決定するまでは従来と略同等の実質賃金確保に努むべきこと、(三)、一月以降暫定給与は前年十二月を下まわらないこと、但し特別調整金(餠代)はこれを除く、(四)、右が双方に無条件に受諾されれば組合は争議行為を中止し、争議の全面的解決に努めること、の以上四項目を骨子とする申入書を手交した。これに対し両当事者はそれぞれ検討を加え、経営者側は二月十六日無条件受諾を回答したが、電産側は同日 (一)、二月以降については本申入書に厳密に拘束されないこと、(二)、争議行為中止云々は組合の自主性に任せること、の条件附で受諾の旨回答した。しかし、この条件が政府融資との関係で問題であつたので、会長は更に翌十七日電産側に再考を促し正式文書による回答を求めたところ、電産及び経営者側の双方は右申込れのうち双方に異存のなかつた一月暫定措置の具体的金額を明確にするため直接団体交渉に入り、二月十九日平均五千百三十二円で妥結をみたので、翌二十日電産は末弘会長の前記十四日附申入れに対し正式文書によりて、(一)、一月分暫定措置は諒承する(二)、二月以降の暫定措置については約束の限りでないが、申入れの趣旨は諒承する、(三)、これによつて本格的調停案は何等拘束されないものと諒承する、(四)、争議行為中止の条項はその趣旨は諒解するが、事はあくまでも組合の自主性にまつべきものと諒解する、旨の回答をした。
そこで会長は商工大臣と会談したが、大臣の態度強硬で、双方具体的に妥結をみた一月暫定措置の裏付けとなるべき政府融資は争議行為中止を絶対条件とすることが明確となつたので、電産側に右の経緯を説明し、再考を促したが電産側の拒否するところとなり、末弘会長の第一次斡旋は遂に中止のやむなきに至つたのである。
かくて右斡旋の成果を期待していた電産従業員はその不調をみて不平一層増大し、これを反映して電産本部も二月下旬停電ストライキを含む争議行為の準備を指令し、調停委員会においても事態の重大化に伴い何等かの解決策を見出すべく三月四日協議を行い、中山調停委員会委員長も末弘会長を援けて第二次斡旋に乗出し、右暫定措置の解決と並行して調停案自体についても何等かの結果をつけようと努めた。そして末弘会長及び中山委員長は三月九日から活動を開始し、政府当局に対しても争議解決についての一層の善処方を要望する一方、両当事者と協議の上同月十三日双方に対し (一)、四月乃至六月の三箇月間の平均基準賃金月額は調停案の提示した五千三百五十八円とすること、(備考、四月以降の期間において物価と賃金との関係について重大な変化があつた場合は考慮すること)、(二)、七月以降の賃金改訂は調停案の提示した方式に準拠して行うこと、但しその具体的細目については四月末日までになるべく直接交渉によつて協議決定する、もし双方の希望があれば中労委において斡旋すること、(三)、一月及び二月の臨時給与は末弘会長申入れの暫定案(平均手取四千六十五円)とし、差額(税込千三百十二円)は三月中に支給すること (四)、三月の平均基準賃金月額は四月と同額とし、差額を四月中に支給すること、(五)、以上により賃金問題について双方に話合がつけば、電気事業民主化・労働協約問題についても一応の話合をつけて争議を全面的に解決することが望ましい、との諸点を骨子とする申入書即ち第二次斡旋案を手交した。これに対し電産側は三月二十三日、経営者側は同月二十四日、それぞれ正式回答をしたので、妥結の機至るとみた中山委員長は同日から斡旋を開始し、電産側の地域的大停電突入寸前である翌二十五日両当事者間に九項目の諒解事項を含めた別紙内容のような仮協定の成立をみるに至つた。
そしてこの第二次斡旋の途上においても、政府並びに経営者側は第一次斡旋の場合と同様、争議行為の中止を協定条項中に入れることを要望したのに対し、電産は前回同様これに応じなかつたので、斡旋人はこれを協定条項の明文に表現しないこととし、電産の自主性に期待して斡旋をすすめたところ、仮協定調印の直前電産側から事務ストライキを含む一切の争議行為を仮協定調印完了と同時に全面的に中止する旨の通告がなされ、右中止の指令が発せられここに地域的大停電の危機を免れたのである。
右三月仮協定の内容自体から明かであるように、電気事業の民主化・賃金スライド制の実施・労働協約締結の三大項目は原則的な点について協定が成立したに止まり、具体的な諸点については今後の両当事者の協議或は中労委の斡旋にまつこととした点が多かつたのであるが、その後四月下旬に至つて経営者側は民主化問題についての協定破棄を電産側に申入れ、又賃金問題についても閣議において右仮協定による十億六千万円の政府融資の条件として(イ)、次回電気料金の改訂に仮協定による賃金五千三百五十八円を全部繰り入れず、具体的には九〇%に止めること(ロ)、右五千三百五十八円は昭和二十三年秋まで足踏みさせること、等の決定がなされたので、七月以降の賃金スライドも四月末日までにその具体的細目を直接交渉により協議決定すべき旨協定されていたに拘らず到底その運びに至らないこととなり、更に労働協約締結問題についても殆んど停頓の状態にあつたので、電産は昭和二十三年五月上諏訪大会において右三月仮協定の内容を完全に闘いとるためあらゆる停電ストライキを含む実力行使を行い、闘争戦術としては地域闘争を採る方針が決定され、同年六月十七日電産中央執行委員会から戦術第一号が発せられ、同年八月頃から各地において停電ストライキ・サボタージが行われるに至つた。かくて事態の悪化を憂慮した政府は、労働関係調整法第十八条第五号による強制調停の申請をし、中労委に於て同年九月十七日これを受理することとなり、電産側は右強制調停反対の態度を堅持したが、その後昭和二十四年三月に至つて漸く本協定の成立をみるに至り懸案の七月以降の賃金問題も解決した。以上が所謂電産第一次及び第二次争議の中労委における経過の概要である。そして被告人等の所属する電産福岡県支部及び九州地方本部のこれに対応する動向については、電産福岡県支部は昭和二十三年七月十七日公訴事実掲記のとおり福岡県地労委に対し、(一)、生活費を基準とする最底賃金制確立の件、(二)、生活費を基準とする七月分最底賃金即時支給の件その他の要求事項について調停申請をしたが同地労委においては中労委の所管事項が含まれているとの理由でその解決を見送つたため電産中央本部の動きを静観する態度を採り、更に前記強制調停係属後九月二十一日から二日間に亘り鹿児島県霧島において九州地方代表代議員会が開催された際、九州地方本部は地域闘争を否定し統一闘争に切替えるそしてこのため全国臨時大会の開催を中央へ要請すると云うことになつたが、電産福岡県支部は前記上諏訪における全国大会の地域闘争方針に則ることとし、九月二十七日支部常任執行委員会において中央闘争指令第十六号及び地方闘争指令第一号を確認し、同年十月四日傘下の各分会に対し十月七日午前零時を期して停電ストライキを含む実力行使に突入せよ云々という支部闘争指令第一号(支部サクラツバメ一号)を決定しこれを発令した。これによつて十月七日頃から傘下の大牟田分会・戸畑分会等において停電ストライキが決行され、その主謀者数名が官憲に検挙されたため、被告人等は同月十三日から翌十四日にかけて緊急常任執行委員会を開催し、他の執行委員十数名と共に不当弾圧に対する抗議ストライキをも含めて、進駐軍関係・保安関係の一部を除き、福岡県下一齊に全面的停電を実施闘争すべく決議し、緊急シブサクラツバメ四号を傘下二十五分会に発令したが、大口の電力需要者に対してはその諒解を求め、その他公衆に対してもビラその他の方法によつて予告する等の事前措置を講じた上、本件起訴の停電措置等の挙に出でたものであることが、認定できる。
第二、被告人等の右争議行為は、労働関係調整法(以下労調法と略称する)第三十七条違反か。
被告人等の従事する電気供給事業は、右労調法第八条第一項第三号によつて、公益事業であることは明白であるから、被告人等において争議行為開始のためには同法第三十七条第一項(第二項は本件争議行為後の昭和二十四年六月十日から施行)の要件を具備せねばならないことは勿論である。そして前に認定したように電産第二次争議は昭和二十二年十月二十日以降直ちに争議行為に訴え得る権利を獲得していたのであるが、昭和二十三年三月二十五日末弘中労委会長及び中山調停委員会委員長の第二次斡旋案に基づく別紙内容の仮協定の成立をみ、これが調印完了と同時に電産側の自主的争議行為の中止が行われたため、右争議権は前記仮協定により消滅したとし、その後昭和二十三年九月十七日強制調停手続が受理されたのであるから、その時から法定期間を経過した後でなければ争議行為開始ができないのに拘らず本件争議行為に及んだ被告人等の行為は違法で、電気事業法第三十三条(公益事業令附則第二十一項)違反の罪責を免れないとするのが検察官の見解の第一点である。そして労調法第三十七条第二項は確認的規定であるから、斯様な明文の規定の設けられる以前の本件争議行為についてもこれが適用せらるべきであるというのが、その根本をなしているので、これらの点について述べる。
(一) 労調法第三十七条第二項は確認的規定と解すべきではない。
右労調法第三十七条第二項は同法第二十六条第二項乃至第四項と共に昭和二十四年法律第百七十五号を以て追加され、同年六月十日からその施行をみたものであることは言うを俟たないところであるが、元来右のような改正が為されるに至つたのは労働争議の解決自体の概念が明瞭でなく、争議がいつ終了したとみるべきかの問題について具体的案件において屡々問題となつたので、その典型的なものについて従来の争議の継続とみるべきでなく新たな争議行為の発生として取扱うこととし、従来の疑問を将来に亘つてなくするためこれらの規定を新設したのである。「従つて斯様な具体的案件について解釈上の疑問とされた事項を解決するため新たに規定を追加改正した場合、特別の明文のない限り既に発生している争議行為に右新規定を遡及適用すべきものでないことは当然であつて」検察官のこの点に関する見解は到底採用することができない。
(二) 別紙内容の昭和二十三年三月二十五日仮協定により争議権は消滅したか。
検察官は右第二次斡旋案に基づく右仮協定の成立によつて電産第二次争議は解決をみたのであつて、右仮協定の目的・成立経過・内容の諸点からその性格を検討すれば平和条項以上のものを含んでいて第一次争議の場合の仮協定と本協定とを併合した内容を有するのであるから、終局的解決をみたのであつて仮の文字にとらわるべきではないと主張するのである。然しながら、第二次争議において電産側の掲げた要求項目・右仮協定の内容は先に電産側において大局的見地から受諾の用意ある旨を回答した昭和二十二年十二月十九日附調停案の内容よりも退歩したものであつたこと、三月仮協定書の内の内容自体をみて明かなようにその第一項、第三項、第四項において四月乃至六月の平均基準賃金及び一月乃至三月の賃金問題について、その暫定措置を決定することが主眼目であつたのであつて、その他の重要問題は総て当事者間の将来の直接交渉もしくは中労委の斡旋に委ねられ(協定第二項・第五項乃至第八項・諒解事項第一、二項、第五項及び第九項)その原則的な基本方針を協定したものにすぎず、協定書前文の「会社と組合は左記要項に基づき双方誠意を以て速かに争議の全面的解決を計る」という文言も、未だ争議は全面的解決に至つていないが協定書にあるような基本原則に従つて将来全面的解決に到達するための方針を指示したにすぎないものと解すべきのみならず、争議打切に関する条項挿入に関し政府及び会社側から強い要望があつたに拘らず電産側の反対によつて遂にこれが実現をみなかつた経緯、その他第一次争議において電産側が採つた争議行為打切に関しての前に認定したような具体的事例等について彼此考え合せるとき、右仮協定書の成立によつて電産側においてその争議権を抛棄したものでないのは勿論、争議の全面的解決に到達したものであると認めたものでもないことが明かに看取されるから、この点に関する検察官の見解も亦これを採用することはできないのであつて、「右仮協定はその文字の示すとおり最終段階に至るための暫定措置にすぎず、このことは第一次争議の場合の仮協定と同一性格のものであり、あくまでも本協定の成立を最終目標とした暫定措置にすぎなかつたものと断定せざるを得ないのである。従つて右仮協定書の成立によつて第二次争議行為は全面的解決をみて、電産の争議権がこれによつて消滅したものとする見解は当を得ないのであつて、只電産側に於て自主的に争議行為を中止又は停止したにすぎず、争議権は存続していたものといわねばならない」。
(三) 政府の強制調停申請による影響
その後昭和二十三年九月十七日に至つて政府は本件第二次争議について強制調停を申請し、これが受理をみたことは既に第一項に於て述べたとおりである。然しながら既に同年五月上諏訪大会において電産は前記三月仮協定の内容を完全に闘いとるためあらゆる停電ストライキを含む実力行使を行い地域闘争の方針によるべきことが決定され、「同年六月十七日電産中央執行委員会から戦術第一号が発せられ、同年八月頃から各地に於て停電ストライキ・サボタージが行われていたことは第一項に於て認定したとおりであるから、その後本件強制調停手続が開始されても、右手続は前記発生中の争議行為に何等の影響を及ぼすものでないことは、労調法第三十七条第一項但書の規定から容易にこれを諒解することができる。」従つて被告人森田収蔵外二名に対する本件公訴事実中、右強制手続受理後労調法第三十七条の法定期間を遵守せずして本件争議行為に出でた点において違法であるとすることは失当たるを免れないものといわねばならない。
以上第二項について述べたところによつて、被告人等の本件争議行為は労調法第三十七条違反のものでないことが明かである。
第三、被告人等の為した本件停電等の行為は、争議手段として正当な行為か。
労資当事者間に労働争議が発生している場合、右労働争議解決のために労働者において採ることのできる争議手段は労調法第七条に例示してあるのであるが、これらの争議手段の内容をなす個々の行為も亦労働法の理念に照して正当な行為と目されるものでなければならないことは憲法第十二条、第二十七条乃至第二十九条、労働組合法第一条第二項、第七条第一号、第八条の諸規定に照して明かである。従つて被告人等が前記電産第二次争議に際して採つた本件電気供給行為の停止等の所為が、右争議解決のための争議手段として正当行為と目される行為か否かが次に検討されなければならない。
(一) 被告人等の本件行為は、電産中闘指令もしくは九州地方本部の方針に反していたか。
この点に関しては既に第一項に於て説示したように、昭和二十三年五月上諏訪大会に於て前記三月仮協定の内容を完全に闘いとるためあらゆる停電ストライキを含む実力行使を行い地域闘争方針が決定され、同年六月十七日発せられた戦術第一号に基づく行為であつたばかりでなく、その後鹿児島県霧島大会に於て開催された九州地方代表代議員に於て九州地方本部は統一闘争に切替えることに中央へ要請する旨の決議がなされたことはあるが、中央からその後統一闘争に変更した旨の指令はでていないのであるから、基本方針に於て中闘指令に反したものでないのみならず、当審第一、二回公判における被告人等の各供述記載によれば、占領軍関係・保安電力等についてはこれをストライキの対象から除外し且不測の損害を大口需要者及び一般第三者になるべく及ぼさないよう措置したことが認められるから、被告人等の行為はすべて電産組合の組織的争議行為の範囲を逸脱しなかつたものといわねばならない。
(二)、被告人等の本件電気供給停止等の行為は、企業権の侵害又は権利濫用として許されない行為か。
次に検察官は被告人等に争議権があり、これが争議行為として為されたものであるとしても、同盟罷業・怠業等の労務の提供拒否に随伴して行われるものならば格別、積極的に電気の供給を停止するが如き行為は企業権の侵害行為であり、又県下一齊に電気の供給を停止するが如きはその影響の広汎且深刻な点からみて、権利濫用として許さるべきではないと主張する。しかしながら、公益事業令第八十五条が、「公益事業に従事する者が電気又はガスの供給を正当な事由がないのに取扱わず又は不当な取扱をしたときは……」と規定している文言によれば、正当な事由がある場合電気の供給を取扱わず又は不当な取扱をしても何等これが刑事責任を問はれないことは明白であつて本件停電等の行為が外形的にはまさに右法文に云う電気の供給を取扱わず又は不当な取扱をしたときに該当するものとして処置せらるべきものであることも亦明かである。従つて労働組合法第一条第二項によつて正当な争議行為としてその違法性を阻却せらるべき行為は、前記公益事業令第八十五条にいう「正当な事由ある場合」に該当するのは勿論であつて、このことは公益事業令施行前の電気事業法第三十三条についても全く同一であるといわねばならない。電気供給事業においては電気の供給そのものが生命であつて、企業者の意思に反して労働者がこれを停廃することは同盟罷業・サボタージ等の労務提供拒否の行為より進んだ企業権の侵害であると検察官は主張するのであるが、労務拒否と本質的に右停電行為が異るものとする点は首肯し難いところであるばかりでなく、前記停電行為は具体的場合においては単純なる労務拒否もしくは職場放棄よりも公衆生活に対する影響の点において遙かに合理的な方法であることも看取される。従つて検察官のこの点に関する論旨も亦採用できない。更にその公益に及ぼす影響からみて権利濫用であるとする論旨も、被告人等において本件停電行為等に出でた目的・動機において被告人等所属労働組合の電産の闘争指令に基づいて行われたものであり、且右争議行為に対する不当弾圧に対する抗議を含めて為されたものであつたとしても、それはあくまで被告人等労働者の地位の向上を目ざしての労働争議における実力抗争がその本来の目的であつて、しかも占領軍関係・保安関係を除外し、且一般需要者に対してもなるべく不測の損害を与えないよう適当な措置を採つた上本件行為に出でたものであることは、既に先に認定したとおりであるから、これを以て権利濫用であるとする論旨も到底採用できないところである。
以上述べたところから被告人等の本件行為はいずれも第二次電産争議に関連してその目的達成のため為された正当な争議行為の範囲を逸脱しないものであるから、被告人等の行為は労働組合法第一条第二項によつてその違法性を阻却せらるべき場合に該当することは、まことに明白であるといわねばならない。従つて被告人等の本件行為はいずれも罪にならないものとして、旧刑事訴訟法第四百七条第三百六十二条に則り無罪の言渡をなすべきものである。
(裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 厚地政信 判事 藤井亮)